鉄欠乏性貧血(スポーツ貧血) 〜東洋医学的所見〜

◆卒業生投稿

2019年11月26日

鉄欠乏性貧血(スポーツ貧血) 〜東洋医学的所見〜

アスリートの中でも特に陸上長距離選手は何度も地面を踏みつけることで赤血球が破壊され(溶血)、また汗からもミネラル分(特に鉄分)が抜けることで発症する可能性が高くなります。更にトレーニングが増すことでリスクが高まることは充分予測がつきますが、その中でも貧血になりやすいタイプとそうでないタイプがいることも現状です。

鉄欠乏性貧血とは?

鉄欠乏性貧血とは、鉄の欠乏によって赤芽球のヘモグロビン合成が低下して起こる貧血です。一般に若年~中年女性に多い傾向にあります。貧血の中では最も頻度が高く、わが国では貧血の約2/3を占め、臨床上でも重要です。

原因は、男女共通のものでは、慢性消化管出血、痔出血などが多く、まれに胃の切除、無胃酸症などによる吸収率の低下によるもの、アスリートの多くはトレーニングでの消耗に加え、体重制限や偏食により利用可能エネルギー量、鉄の摂取量が少ない為に起こります。成長期であれば骨格筋の発達に伴い、鉄需要が増加します。女性特有のものでは、子宮筋腫などによる性器出血、出産による出血、過多月経などが多いです。

症状としては頭痛、めまい、動悸、息切れ、易疲労感、眼瞼結膜蒼白などがあげられます。また、スプーン状爪、食物の嗜好の変化で、氷(胃に熱を持つ為)や土などを好んで食べる異食症、舌乳頭委縮(赤い平らな舌)といわれる症状をきたし、ときにPlummer-Vinson(プランマ―ビンソン)症候群と呼ばれる鉄欠乏が原因と考えられる舌炎を伴う場合もあります。

血液=「血」??

血液とは、心・血管系の中を循環する液体であり、生命の維持に極めて重要であり、その主な役割には、O₂、CO₂、ホルモン、栄養、熱量の運搬作用・pH、ホルモン、体温などを一定にする緩衝作用・病原体や異物などから身体を守る防御作用・止血作用があります。通常の成人において、血液量は体重の約8%を占めます。また、全血液量の1/3を失うと生命に危険を及ぼします。

東洋医学における「血」とは全身を循環して、臓腑をはじめ、皮毛、骨肉など、人体を構成するあらゆるものに栄養を与えて、それらの機能活動を盛んにしています。人の身体を動かしたり、温めたりして生命活動を維持する燃料としての働きを担っています。 血と五臓は密接な関係にあり、心は血の循環をつかさどり、肝は血を蔵し、脾は血の動きを調整しています。また、「血」の中には陰と陽が存在し、陽的な働きとして身体を温め、血を巡らせます(営気)一方、陰的な働きとして、熱が暴走しないように冷却水の役割をしたり、形作る原材料となります(津液)と大上勝行先生の著書「よくわかる経絡治療講義」で記載されているように血液と「血」は同等のものとしてみていません。

血虚=鉄欠乏性貧血??

血虚とは「血」を虚するという言葉から、鉄欠乏性貧血と同じように見られがちです。 私達は物を持ったり、投げたり、走ったりという肉体的な労働で「血」を消費します。そのため、血虚になると、筋肉痛(アスリートでは肉離れが多い)や腰痛、神経痛になります。肝が主る筋(肉)は「血」が充実していて潤っていると伸び縮みしやすく、様々な動作をすることができます。ところが「血」が不足し、潤いがなくなると、伸び縮みしにくくなり、無理に動かそうとすると痛みが出たり、運動障害が生じたりします。

また、気を遣ったり、勉強などの脳を使う作業に「血」は大量に消費されます。ですので、「血」が不足すると、物事を考えることができなくなり、イライラします。頭自体は何かを考えないといけないと、働こうとするのですが、血虚の状態では消費するガソリンがありません。それで考えがまとまらずイライラするのです。何かを見るときにも「血」を消費します。目に「血」が充分に行き渡れば、目を栄養され、物がよく見え、判別することができます。ですから、「血」の不足は目の疾患を引き起こします。最近ではネット社会の影響で幼少期から視力低下の傾向が強く、度のきつい眼鏡やコンタクトレンズを着用している子供が多いのが現状です。また、中学校で部活を始めて、急に視力が落ちたと言われるのはおそらくハードなトレーニングにより「血」の消耗が激しく、夜遅くまで塾で勉強するといった生活スタイルが現代の子供達に大きな影響を与えているのだと思います

血と精神活動

『肝は血を蔵し、血余りあれば怒り、不足すれば恐る』-素問調経論篇第六十二
「血」が有余すると、肝気が鬱して怒り易くなり、「血」が不足すると、肝気が虚しそれにつれて腎気も虚して、ものに恐れ易くなります。「血」の過不足が精神や意識など、感情的な面に大きな影響を及ぼすことを述べています。

血液検査において押さえておくべきポイント

では、鉄欠乏性貧血であると診断される上で西洋医学的所見である血液検査ではどこに注目すればよいのでしょうか。まず血清フェリチンが減少し、次いで血清鉄が減少します。その後はヘモグロビン鉄が減少し、徐々に症状が出始めます。
鉄剤を投与すると、まず血清鉄が上昇し、次いで血清フェリチンが上昇します。治療は血清フェリチンが回復するまで続けます。

また総蛋白(TP)、こちらの値もアスリートを診る上で大変重要項目となります。主にエネルギー摂取の過不足、栄養状態を表しています。この値が低いと特に長距離選手は後半の急なタイムの落ち、足が止まる、ラストスパートが効かない、気持ちが最後まで持続できない等の状態になりがちです。

耐える力、最後まであきらめない気持ちを助けてあげる為に東洋医学では、これらを統括している「腎」の働き(トレーニングや不摂生による腎精の漏れや使い過ぎ)に注目します。従って、西洋医学的所見と東洋医学的所見と合わせて選手には伝えるようにしています。

対処の仕方

鉄欠乏性貧血と診断された場合、対処としてトレーニング量を減らし、鉄剤(同時に胃薬、V.C剤を摂取するのが望ましい)が処方されます。経口鉄剤は空腹時や胃の㏗が低いときの方が吸収されやすい反面、胃腸障害などの副作用も出やすくなります。また、経口鉄剤内服中は便が黒っぽくなることがあります。栄養指導としては鉄分やたんぱく質を多く含むもの、吸収率を上げる為にはV.C、何より偏りのないバランスの良い食事が求められます。長距離選手は体重を気にします。特に女子選手は炭水化物である穀物類を減らそうとします。痩せたいのはわかりますが、エネルギー源である穀物類を減らしてしまうとエネルギー摂取量不足はもちろんのこと、糖分が枯渇するので身体は動かなくなり、思考力、集中力も低下します。そして、糖分や甘味が欲しいがためにあめやチョコレートなどを口にします。カロリーの確保はできても中身がありませんので当然貧血や体調不良に繋がるのです。数値の状態にはよりますが、だいたい1〜2ヶ月で回復はみられます。しかし、またトレーニング量が増え、生活が乱れると同じようなことが起こりえます。それでは継続して質の高い練習を積むことが出来ません。

人間の身体は常に変化し続けている為、いくら養生やケアを意識していても体調を崩したり、故障(怪我)はつきものです。

出来るだけ質の高い練習を落とさず、改善するには何が必要なのか。

自身も中1〜大学卒業までの約9年間この症状に悩み続け、色々試しました。
  • 鉄剤注射(直接血管内に血液を入れる静脈注射)
  • 高価なサプリメントやプロテイン
  • スキムミルク、赤ちゃん用粉ミルク(たんぱく質、鉄分、エネルギー摂取量を補うため)
  • 鉄分の多い食事(レバー、ほうれん草、ひじき、赤身肉など)
  • 酸素カプセル(高酸素濃度・直接酸素を取り込む)
静脈注射や酸素カプセルをのぞき、口から摂り入れる方法では正直改善、克服という意味で大きな効果を得られた実感はありませんでした。静脈注射に関しては西洋医学的な視点においても確実に肝機能障害のリスクを高めます。また、疲労も抜けにくくなり、常に筋(肌肉)の状態もベストに保つことは難しくなります。これらの経験をもとに西洋医学の力では自身の心身に限界を感じ、東洋医学(古典医学)の力、考えを借りることにしました。

学ぶうちにわかったこと、実感したこと。それは、

全てにおいて胃腸の働きがカギを握っているということ。胃腸の状態を良好に保つこと。

ここに行き着いたのです。

いくら栄養価の高い食材、サプリメントを摂取しても吸収する力が低下していると当然、身にはならず、貧血だからといってたくさん食べようとすることで余計に胃腸への負担が大きくなり、結果的に吸収率を下げている可能性があります。(下痢をするパターンも少なくありません)
東洋医学の世界でも胃は身体の中心に位置すると言われており、ココが狂うと全てが狂うと言っても過言ではないくらい大切な場所です。

胃腸の働きを低下させない為にどうすればよいのか?

①ゆるやかに手足をつかうこと(散歩がベスト)

*アスリートの皆さんは使い過ぎで傷めている方が多いので、なんだか胃腸の調子が良くないと感じるときは安静を保つよりのんびり歩くことをオススメします。

②消化によい食事(冷飲食物・味つけの濃いものは摂り過ぎに注意)

③よく噛むこと(唾液が消化を助けてくれる)

急いで食べない、量は減ってもいいので確実に吸収させる方が大切!!

④一回の水分量を意識すること(人によって体格が違えば、吸収する量も違う)

*水分の内容も重要。市販のスポーツドリンク、エナジードリンクなどの清涼飲料水は糖分がたっぷり。

⑤質の良い睡眠をとること

*理想は6〜8時間。ただし、22〜26時(子丑の刻)の間は可能な限り身体を休めて欲しい。そんな早く休めないという場合、目を休める、閉じるだけでもかまいません。 血液は夜、眠っている間につくり、昼間に酷使した身体や内臓を修復させます。夜、頭を働かせていた血が内(内臓)に入ることで、人は眠りにつきます。しかし、血が不足すると頭に昇ったままになり、夜になっても内に帰れなくなります。これは血の循環がうまくいかないからです。頭に血が昇った状態になると、眠れなくなります。夢を多く見たり、すっきり目覚められないといったことになります。睡眠の質が改善されると身体や脳の機能回復はもちろん、集中力、記憶力は確実に上がります。

これらの養生に加えて、鍼灸の力で脾胃の働き(消化機能)を高め、回復させるサポートが可能になります。貧血とは無縁と思っていても、どの選手にもなる可能性はあります。特にシーズン中は連戦が続いたり、合宿中の鍛錬期は要注意です。受け入れることの出来ない胃腸に無理矢理、入れようとすると益々状態は悪化し、筋疲労どころか心身の疲労まで抜けなくなります。貧血に限ったことではありません。胃腸をベストな状態に保つことはパフォーマンス能力を確実に上げることが出来、ピーキングコントロール(調整力)も身についていきます。ここで述べたことが全て正しいわけではありませんが、今のやり方で思うような結果に結びつかないのであればやはり改善が必要かと思います。いつも同じようなタイミングで故障したり、体調を崩す選手は練習以前に生活習慣の問題を改善することで大半のことは解決に繋がります。

何事も知ることはとても大切です。
ただ私達の周りに溢れる情報をどう受け止め、活かしていくかは自分次第です。まだまだ研究段階ではありますが、少しでも皆さんの競技人生にとってプラスになれれば幸いです。

【はり灸碧空福森千晶(専/鍼灸学科41期)】